篠原冴美はグラビアアイドルとして活躍するだけでなく
プロ雀士でもあります。
恵比寿マスカッツのメンバー
初代ミスヤングチャンピョングランプリを受賞しています。
さらに霊感を持ち合わせているといい
心霊番組にも度々出演しています。
気になりますよね。
霊に憑かれやすい体質から
「憑依ドル」なんて言われています。
そして、あやしい画像が回収された?ということで
回収画像についても調べて見ました。
この記事では、篠原冴美について、
公開されている情報をまとめて紹介していきます。
篠原冴美の回収画像・プロフィールと経歴、
心霊番組の霊感などの事情を知りたいという方は、
最後まで読んでみて下さい。動画もあります!
それではまず、篠原冴美の回収画像の情報からまとめていきます。
目次
ネットで篠原冴美を検索してみると
「回収画像」というキーワードが出てきます。
回収画像とは出回ると都合の悪い画像のことをいいます。
霊感があるということですので心霊写真なのか?などと
考えてしまいました。
篠原冴美の回収画像については
どうやらグラビアアイドルの写真撮影でハプニングが起きてしまったという。
そのときの画像はすでに回収したということでした。
もちろんその画像は出回っていません。
心霊写真ではなくてグラビア写真の回収でした。
「回収画像」というキーワードだけが
一人歩きしてしまい残ってしまっていたのです!
名前:篠原冴美 (しのはら さえみ)
愛称:さみぃー
生年月日:1992年8月29日 (27歳)
出身地:京都府
血液型:B型
身長:163cm
特技:占い、ゲーム
趣味:アニメ、ギター、麻雀
好きな食べ物:イチゴ、チーズ
職業:グラビアアイドル、女優、プロ雀士
所属事務所:アヴィラ
篠原冴美はバラエティ番組でも度々おバカ発言や天然発言をしていて
マイペースな性格を持っている。
グラビアアイドル・プロの麻雀士だけでなく占い師でもある。
霊感があることでも知られていて過去の心霊番組で数回憑依されていることから
「憑ドル」とも呼ばれています。
2005年中学2年生の時に雑誌「Hana chu」のモデルオーディションで
審査員特別最優秀賞を受賞してレギュラー読者モデルとして活動
オーディションを主催したワタナベエンターテインメントの
スクールに特待生として入所
2006年中学3年生のときに、大手芸能プロのオスカープロモーションに所属
雑誌「Hana chu」のレギュラー読者モデルとして活動
2010年7月オスカープロモーションからワンエイトプロモーションへ移籍して
同年9月に第1回ミスヤングチャンピオン2010で初代グランプリを受賞
このころはまだ、知名度もなく仕事が少なかったので
毎日アルバイトも併用しながら生計を立てていました
同時期に人気アイドルグループの「恵比寿マスカッツ」の
オーディションを受けて合格
「恵比寿マスカッツ」の一員になったことでいっきに知名度が上がり
テレビ番組でソロで出演するなど個人としての活動が増えてきた
2015年ワンエイトプロモーションから現事務所のアヴィラに移籍
アヴィラは、山川恵里佳、眞鍋かをり、クリス松村、
重盛さと美、ミラクルひかるなどが所属する大手芸能事務所です。
2014年から西洋占星術やタロット占いを習得
2017年にプロ雀士になる
2017年の7thDVD以降は全てDMMアイドルランキング1位を獲得している
篠原冴美は幼いころから霊感があり霊が見えてずっと悩んでいた。
霊感が強いことが世間に広まると
心霊番組に呼ばれるようになりました。
篠原冴美は霊感がとても強いので
心霊番組では過去に数回霊が憑依しています。
ついたあだ名が
「憑(ひょう)ドル」⇒霊が憑依するアイドルの略
『狩野英孝の行くと死ぬかもしれない肝試し~成仏編~』では、
霊が憑依したときに起きる現象の過呼吸になったり、叫んだり暴れたりと、
普段の篠原冴美は全く違う人格になったことから、話題となりました。
番組では狩野英孝もびっくりして慌てていましたが
視聴者からの反響も大きく
中には、ヤラセ!ではないかなどの厳しい意見もありました。
番組を見ていた視聴者も驚いています。
いまは、「イタコ」を目指しているとのこと。
篠原冴美が憑依した動画はこちら
第2話 「O市T診療所」完結編
『狩野英孝の行くと死ぬかもしれない肝試し~成仏編~』
篠原冴美が麻雀に興味を持ったのは
母親や恵比寿マスカッツのメンバーの影響からです。
篠原冴美は世間ではおバカキャラとして
認知されているように勉強は大の苦手です。
ですが努力家でした。
2017年1月、日本プロ麻雀協会第16期前期プロテストに
4回目のチェレンジで見事に合格してプロ雀士になれました。
実家では占いや麻雀教室もしています。
占いはツイッターでも呟いていました。
無料電話占いで1週目の締め切りは、2020年5月2日まで
今後のさらなる活躍を期待しています。